ツイッターのタイムラインを眺めていると、興味深い記事が流れてきました。
脳性まひの障害を持っている熊谷さんという方のインタビューです。
https://www.tokyo-jinken.or.jp/publication/tj_56_interview.html
自立と依存の関係で、私は今まで「人は依存を少なくし、自立を目指す」事が大切なのではないかと考えていました。
しかし、熊谷さんは車椅子でしか移動できないハンデを持ちながら震災を経験し、避難のすべはエレベーターしかなく、閉じ込められたそうです。
東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。ところが私にはエレベーターしかなかった。
つまり依存できる対象が多い方が自立度合いが大きいというのです。一つ一つの依存の度合いは少なくする。つまりは数多くの依存先を持ち、その度合いは少なくするのが自立している状態という。多くの者に依存しているのに、それがあたかも依存していないと錯覚する、勘違いしている状態が「自立」なんだと。
考えてみると、確かにそうで、人は多くの者に依存しないと生きていけない。生まれてすぐに親がいなければ成長する事は不可能だし、多くの人の助けがあり成長できる。自立とはどうゆう状態なのかを考えさせられました。
プラユキさんは、Twitterで
〉「自立とは、依存先を増やすこと」
ここでいう「依存先」とは、善友仲間とみなしていいだろう。こうした依存先を得ることで、苦しい胸の内を吐き出せたり、適切な励ましや助言を受けられたりして、確実に自立的な人生の歩みを進めていくことができる。逆に、このステップなしの自立は難しい。
— プラユキ・ナラテボー(公式) (@phrayuki) 2017年10月11日
このように解説されていました。
良き縁で良き友と出会い、人生を歩んでいく事が大切なのだと再確認しました。